大判例

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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)1734号 判決

第一 当事者

原告

風間正夫

訴訟代理人

藤田達雄

被告

鈴木昌和

訴訟代理人

秋山昌平

第二 主文

一  被告は、原告に対し、金一四〇万円および之に対する昭和四七年一〇月一日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用のうち、原告はその1/3を、被告はその2/3を支払え。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

第三 事実

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一、九一六、〇〇〇円および之に対する昭和四七年一〇月一日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用被告負担および仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  請求棄却および訴訟費用原告負担。

三  請求原因

1  原告は、被告より、被告所有の左記建物を次の条件で賃借した(以下本件契約という)。

(一)  建物 板橋区大山東町四四―二所在木造トタン葺二階建店舗居宅の一階部分(店舗16.52m2および居室9.91m2)

(二)  期間 昭和四六年八月一日より同五一年七月三一日まで(五年間)

(三)  賃料 月額金三五、〇〇〇円

2  本件契約の成立に際し、原告は被告に対して金二五〇万円を支払つたが、右金員は権利金であり、その性質は賃貸期間の五年間の家賃の一部前払であるが、そうでないとしても、本件店舗の有する場所的利益の対価である。

3(一)(1) 本件契約の締結に際し、原被告は、一ケ月前に互いに相手方に通告することにより本件契約を解除しうる旨を特約した。

(2) 原告は、被告に対して、昭和四七年八月末頃、同年九月末日限り本件契約を解除する旨通告した。

(二) 原被告は、昭和四七年八月末頃、同年九月末日限り本件契約を解除する旨を約した。

4  本件契約において授受された権利金は、契約解除により、残存期間に相当する部分については、精算の上被告より原告に返還されるべきであるが、そうでないとしても、本件契約においては、特に右と同旨の約定が結ばれている。

(右による計算の結果は、契約期間五年に対し、残存期間三年一〇月であるから、請求の趣旨記載の金額となる。)

四  請求原因に対する認否

1  第1項を認める。

2  第2項のうち、金員の授受は認めるが、その趣旨を否認する。右金員は礼金である。そうでないとしても、原告は本件店舗を賃借して新たに事業を開始したのであるが、本件権利金は賃借権獲得のために支払われたものであるから、右事業開始のために必要な経費である。

3  第3項(一)(2)を認め、その余を否認する。

なお、本件契約の終了事由は原告による賃借権の放棄であり、従つて賃借人の責に帰すべき事由によるものであり、かつ賃貸人である被告には何等責に帰すべき事由はない。

4  第4項を否認する。

なお、金二五〇万円を返還するべきものとしても、そのうちから被告が支払つた費用等(成約時の礼金三〇万円、斡旋手数料一二万円、所得税および県市民税九〇万九千円、礼金期間経過分七五万円、四ケ月の空家期間中の賃料相当額一四万円)は差引くべきであり、更に残額二八万一千円も、前述のように、原告が賃借権を放棄した本件においては返還する理由はない。<以下略>

五  抗弁<以下略>

第四 理由

一  請求原因第1項は当事者間に争いがない。

二  同第2項は、金銭の授受については争いないが、その趣旨について争いがあるので、この点について判断する。

<証拠略>を総合すると、本件契約において授受された金二五〇万円の金員は、単なる礼金ではなく、権利金であると認められる。しかし、その性質は賃料の一部前払ではなく、本件契約の目的建物が店舗として有する場所的利益の対価であると考えられる。

そして、少くとも賃貸借期間の定めのある場合は、権利金は右期間中の場所的利益の対価として支払われたことは明らかである。従つて、賃貸借契約が期間の途中で終了した場合には、契約成立時ないし契約終了時等に権利金を返還しない旨の合意が成立した場合を除いて、権利金の一部は返還されるべきである。貸主の右返還義務は契約解除の効果である原状回復義務の一であり、もし返還を要しないとすれば、貸主に不当に利得を与えることになり、公平の理念に反することになる。

そこで、右の場合においては、原則として、権利金を経過期間と残存期間に比例配分し、その後者をもつて返還額とするべきである。しかしながら、賃貸借の目的物が店舗である場合は、権利金として授受された金員の全部を比例配分の対象とすべきではないと考える。その理由は次のとおりである。すなわち、

店舗の賃借人は、一個の企業主として、一定額の資本を投下して営業活動を行い利潤を得ようと努めるのであるが、権利金も仕入商品と同じく投下資本の一部である。企業主は、自己の判断で売れそうだと思う商品を仕入れるのと同様に、売れそうだと思う場所に存在する店舗を借りる。それは、企業主がその店舗について客観的な場所的利益以上にいわば主観的場所的利益を感じたためである。こうして、企業主は店舗を賃借するに際しては客観的場所的利益の対価に主観的場所的利益の対価を加えたものを権利金として支払うのが常である。ところで、企業には投機的側面があり、企業主は、幸いにして企業が成功した場合には、投下資本を超える利潤を得ることができる反面、不幸にして失敗した場合には、投下資本を失うことを覚悟しなければならぬ。その場合の危険負担は当然企業主にある。売れ残つた仕入商品は仕入価格で問屋に売戻すことができないように、主観的場所的利益の対価の払戻を受けることはできないと言うべきである。

一方、賃貸人の立場で考えると、賃貸人は多くの予想される賃借申込人の中から、特定の賃借人を選択するという危険を冒すのであり、それに対する担保として、若干の額を、客観的な場所的利益の対価の外に、受けとる資格があるといえよう。そして、途中解除は正におそれていた危険が発生した訳であり、この時のための担保として受けとつていた主観的場所的利益の対価相当分は返還しないのが当然ということになる。

このように考えてくると、場所的利益の対価としての権利金は、いわば主観的投機的部分と客観的投資的部分とに分れるものといえる。そして、返還さるべき金額は後者のみであつて、前者は返還されることを予定していないものと言うべきである。

次に、前述のように、返還部分については具体的な返還額は残存期間に按分して算出されるべきであるが、その場合、賃料の場合のように厳密に月割りないし日割り計算することは必ずしも適当ではない。当事者の合理的意思は、権利金の場合は、三月、半年又は一年を単位に考えているものというべきであろう。(例えば、半年を単位とする場合は、半年又は半年未満経過毎に権利金のうち一定額の償却が行われ、その分だけ返還額が減ずることになる。)

ところで、具体的な事案において、場所的利益の対価としての権利金が授受された場合、返還を要する部分と要しない部分の割合はどのようであるか、又、何ケ月毎に返還額の減じて行くのかは、一義的に決定されるべきではなく、これらについての当事者の合意がない場合は、当該店舗の場所および規模、営業の種類、賃料および権利金の額、敷金の有無およびその額、契約期間、契約時の事情等を総合的に検討して判断する外はない。

本件の場合、返還されるべき適当な額を判定することは必ずしも容易ではないが、右に判示したところに基づき、前掲証拠を総合的に検討した結果、当裁判所は、主観的投機的部分と客観的投資的部分の割合を二対八とし、償却の単位期間は半年とするのが、当事者の合理的意思に合致し、公平の理念に最もよく適合するものであると考える。これによつて計算すると、返還部分は金二〇〇万円となり、残存期間は三年半となるから、結局返還額は金一四〇万円となる。

なお、権利金の返還債務は、契約終了と同時に履行期が到来するものと解する。

三請求原因第3項(一)(2)については当事者間に争いなく、同(一)(1)の特約は、<証拠略>により認めることができる。同号証中第七条の約定の文言を賃貸人賃借人双方の都合が合致した場合つまり合意解除が成立した場合と解することは合理的ではなく、明らかに賃借人に解除権の留保を認めた趣旨と解すべきである。

なお、契約終了事由の如何によつて権利金の返還の要否を決するかどうかは、確かに検討すべき一箇の問題である。しかし、本件は前記認定のように、約定解除権の行使による場合であつて、賃借権の放棄の場合ではなく、賃借人の責に帰すべき場合ではないこと勿論であるから、被告の主張は理由がない。

四請求原因第4項の約定を認めるに足りる証拠はない。甲第一号証中第七条の約定文言中借賃の語は明らかに賃料を意味するもので、権利金を含むものと解することはできない。又、賃料について右の約定をしたことから直ちに権利金についても同様の約定をしたものと類推することはできない。

なお、一般に、契約が約定解除権の行使により終了した場合、原状回復として返還されるべき金員の額は、契約の履行として受取つた金員と同額であるべきであり、仲介手数料や税金等を控除するべきものではない。

五<抗弁に対する判断略>

六訴訟費用の負担について民訴法九二条本文、仮執行の宣言について同法一九六条適用。 (武藤春光)

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